月刊「なごみ」連載当初より、担当編集として『鼓に生きる』を見守り、世に送り出して下さった、宮﨑さん。田中佐太郎との出会いから書籍の出版までをお話しいただきました。前後編のお届けです。
なぜ、「田中佐太郎」だったのか
2017年の月刊「なごみ」で連載する内容を検討していまして、芸を極めた方の芸談を連載したいということになりました。女性読者の多い雑誌ですので、芸を極めた女性、という視点で調べていましたら、田中佐太郎先生という方がいるらしいと。
ご本人のことをリサーチしていくと、数奇なというか、大変興味深い生き方をされている女性ということがわかってきました。家のために自分を捧げる、現代では稀薄になっている美徳を体現されているところが題材としてとても面白そうだなと思って、お手紙を書いてコンタクトを取ったんです。こちらの申し込みに対してご快諾をいただいて、一年間、連載にお付き合いいただくということになりました。
私は歌舞伎に関しては、ちょっと見ます、という程度で、詳しいというほどではなく、囃子方というお仕事についても裏方という要素が強いのかな、くらいの浅い認識でした。
歌舞伎に興味をもったきっかけは15年ほど前のことです。淡交社は京都の出版社なのですが、市川海老蔵さんの襲名の際、「十一代目襲名記念 写真集 市川海老蔵」という本を刊行しました。その関係で、南座で行われた襲名披露公演に伺うことになり、「助六」を拝見したのですが、海老蔵さんの助六、(尾上)菊之助さんの揚巻という配役で、なんというか、とってもキラキラした舞台に魅了されました。その後、團菊祭を拝見したりと、頻繁に、というわけではないのですが、たまに劇場へ足を運ぶようになりました。
聞き書き・氷川さんとの出会い
佐太郎先生にコンタクトをとって、ご挨拶をしたところ、氷川まりこさんをご紹介いただき、『鼓に生きる』の聞き書きをお願いすることになりました。先生は、ひょっとしたら読者の方もお気づきかと思うのですが、どちらかというとシャイな方です。にも関わらず、快く色々とお話しくださいましたし、毎回、先生と氷川さんとのしっかりした信頼関係が伝わってくる取材でした。
連載を始めると思った以上に反響も大きくて、「こういう方がいらっしゃったんですね」とか、「毎回、たのしみにしています」とか、たくさんのお声を頂戴して、これは1冊にまとめなければ、ということになりました。連載時、紙面の都合で氷川さんがカットした中にも面白いお話がたくさんあって、書籍化することで読者の皆さまに少しでも多くのエピソードをお届けできればという気持ちもありました。
宮﨑博之(みやざき・ひろゆき)
1980年、長野県高山村生まれ。2002年、同志社大学卒業後、淡交社へ入社。営業部、月刊『淡交』編集部を経て、2015年より月刊『なごみ』編集長。
カメラマン・大屋孝雄さん
デザイナー・縄田智子さん
落語家・三遊亭金朝さん(前編)
編集者・宮﨑博之さん(前編)
編集者・宮﨑博之さん(後編)